101号室 アンリライアブル・ナレーターは夜に泣く7 忍者ブログ

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アンリライアブル・ナレーターは夜に泣く7


「お、お前がボクって、どういう?お前一体、」

 意味が分からない。分かりたくない。こいつは一体何を言っているんだ?背筋を這い上がる悪寒。

 「ロス」はボクへと一歩歩み寄る。ボクはその分後ずさる。

「あなたはロスのようになりたかった。彼のように強く、博識で、機転の利く人間になりたくて仕方なかった。だからあなたはロスになることにした」

 森で馬車が襲われちゃったみたいで砥石の在庫がまだ届いてないのよ。魔物って怖いわねえ喉かっ切って食料全部持ってっちゃったんだって。武器屋のおかみさんの世間話。一人で入った酒場の雑踏。魔物を叩き斬る感触。ぐちゃぐちゃに混ざり合いながら昏い底から湧きあがるボクが知らないはずの記憶の大群。

 「ロス」はまた近寄り、ボクはまた逃げた。

「一方で、あなたはロスを失ったことを認めたくなかった。大事な『友達』ですもんね。だからロスがいると思い込むことにした」

 いつか図鑑で見た紫の花。首に巻いたはずの赤い布が口元まで塞ぎ少しばかり息苦しかったこと。ルキの無茶を叱りつける間違えようもない自分の声。なんだこれ。なんなんだこれ!耳鳴りが酷い。吐き気がする。

「ロスに対する凄まじい執着が作り上げた、特別誂えのイマジナリーフレンド。それが俺です」

 「ロス」の言葉は止まらない。彼のうつくしい顔には人形のように表情が無く、赤い瞳だけが光っていた。

「あなたはロスのように振る舞いながら、ロスと言葉を交わし触れ合うことを望んだ。そのためには常に『アルバ』と『ロス』が同時に存在していなくてはならない。だから、ロスに成り代わっているときには『ロスを見ているアルバ』という視点を外側に想像し、矛盾する認識をねじ伏せようとした。――俺とあなたは一緒にいたことなんてないんですよ。俺が魔物と戦っている時、地に伏せるあなたは存在していませんでした。星空の下で言葉を交わした夜、あなたの隣は空っぽでした」

 誰もいない虚空に向けて差し出されたコップ。受け取られることはなく石の上に落ちて砕け、ボクは黙って空を見ていた。

 あまりのことに泣き叫ぶことすらできなかった。嘘だ、嘘に決まっている、あり得ない、だって!

「そんなことできるはずないじゃないか!ボクは弱い、ボクはロスがいなきゃ何も出来ないんだから!」

「出来たんですよ、ロスがいなくても。俺が出来ることはあなたにも出来るし、俺が知ってるのはあなたが知ってることだけだ。もう全部思い出したんでしょう?」

 全部。ロスがいなくなってからの虚ろな記憶。ボクが魔物を倒しボクが商人を脅しボクとルキが腕を組みボクが薬草を見つけボクが独りで火の番をしていた夜のこと。もうやめてくれ。もう嫌だ。なんでこんなものと向き合わなくちゃいけないんだ!

「『本物のロス』を忠実に再現しようとする努力は認めますけど、自分で自分の腹やら顎やらぶん殴るのはかなり滑稽でしたね。そりゃルキだってドン引きでしょうよ」

 なにもかも自分に言い聞かせてただけだっていうのか。

 背中が樹に当たる。これ以上は退がれないというのに、「ロス」は歩みを止めてくれない。

「あなたの無意識は恐らく他人のそれよりも強靭で、恐ろしいほどにたくさんのものを呑み込んでいます。あなたは本当に他人をよく見ている。だが、その人が本当に気付いて欲しくなかったことなんかに関しては全部無意識の中に放り込んで、忘れたことさえ忘れてしまう。優しさなんだか処世術なんだかは知りませんが」

「はは……その言い草じゃ、ボクが現実見てない脳内改変野郎みたいじゃんか」

「まさにその通りじゃないですか。自分のことに関してだけはそうやって処理しないようにしていたみたいですけど、今回はタガが外れてしまったんでしょうね。無意識の中から大量のパーツを拾い上げていかにも本物らしい俺を作り出し、俺の存在を否定するような現実は無意識の中に捨ててしまった」

 それでも、と彼は言を継ぐ。

「自分でないものになりきって、自分がいないところからそれを眺めていると思い込んで。流石に負担が大きすぎましたね。精神にも肉体にも限界が来たところに言い訳しようのない矛盾を突き付けられ、あなたはついに事実と向き合うことになった」

 彼が何も残さず消えてしまった現実と。

 追い詰める足がやっと止まった。次いで、鈍い光が閃く。

 「ロス」の手にはいつの間にか剣が握られていた。彼のバスタードソードよりも小ぶりな、抜き放たれた片手剣。ボクのものだった。

「お前、何を……やめ、」

「ここで死んでおいた方が楽ですよ」

 彼はそれをボクの首筋に突き付ける。

 現実ではない男が握っているにも関わらず、薄皮を切られた痛みと流れ出る血は紛れもない本物だった。混乱と恐怖が怒涛となって押し寄せてくる。

「そんなんで友達助けられると本気で思ってるんですか」

 吐き捨てるような言い方だった。

 ボクはロスを助けたかった。けれど、このイマジナリーフレンドが暴露した醜態が真実ならば、到底無理なお話なのだろう。何もできない振りをしてロスに縋りついていたかった。以前と同じように手を引いて助けて欲しかった。とんだ甘ったれだ。ボクには覚悟が足りなかった。知識があろうと力があろうと、それではどこにたどり着けるはずもない。苦しくてまた叫び出しそうだった。

 ボクは何のために旅をしていたんだっけ。ボクはどうしてこうなんだろう。強くなりたかった。強くなろうと決意したはずだったじゃないか。どこで何を間違ったんだ。どうすればよかったというんだ。いっそ彼の言う通り死んでしまえばいいのだろうか。

 切っ先が僅かに進む。ちりちりとした痛みが走った。

 伏せていた顔を上げると赤い瞳とかちあった。「ロス」は何故か、ボクよりもずっと痛そうな顔をしていた。

 それを見て、ボクはやっと気づく。

 ここで死ぬわけにはいかない。立ち止まるわけにはいかない。

 だってロスが笑ってないじゃないか。

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