101号室 ワンダーウォールを叩き壊す日3 忍者ブログ

101号室

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ワンダーウォールを叩き壊す日3


「名もない男の独白でした。社会の在り様に飲みこまれて不眠に陥った彼は、あるとき一人の知己を得る。強く、賢く、大胆で、そして破壊的なその男は彼を導き共に破滅の道を走るけれど、その正体は彼自身が作り出したイマジナリーフレンドでしかなかった。己の無力を信じ込んでいた彼は、既になりたい自分になっていたんです」

「あなたは神を信じますか。この世界では、未だ善悪の別を知らぬ子供すら惨たらしい目に合わされ、その涙も祈りも贖われない。それでも神の存在を承認することは出来ますか。天の救いという高価な真珠のために地上のパンを投げ出せと叫ぶ傲慢さはありますか。地獄を抱えた兄に問われ、弟は無言のまま彼の唇に接吻しました」

「戦争の追想録を読みました。狂った幻想に突き動かされ街は焦土と化しましたが、大義を失くした兵士も寡婦も変わることなく生きていた。誰かに押し付けられた理想なんてどれほど美しくたって幻影にすぎません。そんなものにしがみつくよりも、一度全て壊してどこまでも堕落してしまった方が、見えてくるものがあるかもしれませんよ」

 

老人の声 / 隠すもの

 

 

「別に無理して来てくれなくていいんだよ?歳なんだろうし」

「あなたの爪を20枚同時に剥がす方法を真剣に考えられるくらいには元気なのでお構いなく」

「血腥い矍鑠っぷりだなおい」

「水責めとかの方が好みでした?」

「そこじゃないから」

 9人目のロスは他のどの彼よりも長くアルバの元を訪れた。少年と呼べる時代にはたった一度だけ壁の向こうに現れ出でて、その後には青年が何度か、やがて壮年の男が、そして老境に入ってからもアルバは同じロスに名を呼ばれた。少し枯れた声には時の長さが刻まれていて、その喉で語られる景色は柔らかな色で像を結ぶ。その物語の間に間に、ロスはアルバ自身のことについても話すようになっていた。アルバが勇者に封印されたこと。魔界の王はアルバとは別に存在していること。口ぶりからして彼は過去のアルバと面識があるようだったが、詳しい関係について尋ねてもいつもはぐらかされてしまうのだった。

 いつか話してくれるのだろうか。彼がその気になるまで待っていることに決めていたが、このロスもまた黙したまま去ってしまうのかもしれなかった。

「ねえロス、お前って今いくつなの」

「ナンパですか気持ち悪い。ハラワタ引きずり出してくださいよ」

「年齢訊ねただけで死まで願われるのかあ」

「死ねとは言ってません」

「より怖いわ!」

 そんなの化け物だろ、とアルバが言うと、化け物ですよ、とロスが答える。

「引き籠りの魔王と生まれ変わり続ける男。あなたもオレも化け物じゃないですか」

 何故か彼は嬉しそうだった。

「この体は60年と少し使っています。この前、最初のロスも追い越して一番長くなりましたね」

「え、でも最初ってずっと若い声のままだった気がするんだけど」

「……魔法で誤魔化していたんですよ」

 苦い響きを帯びた老いた声が告げる。

「ただ、夢見の魔法で次元の狭間に意識を飛ばす、って言うのはかなり魔力を使うんです。人間界で眠ってる間なんてこっちじゃほんの数秒だ、時間の歪曲もしなくちゃいけない。変な見栄張ってリソース消耗するよりも今回は実利を取ったということです」

「なんていうか……想像以上に大変なことしてたんだなお前」

 やはり年老いた彼には使わせない方がいい魔法なのではないだろうか。そう考えたアルバは、ひとつの事実に思い至る。今までこれほどまでに老いたロスの声を聴いたことはなかった。けれど60歳?記憶として失われなかった何がしか、アルバの中の常識とでも言うべきものによれば、長寿という程の年齢ではない。今までの8人が彼の歳になるまで生きられなかったというなら、それはまさか。

「魔法のせいで寿命が縮んだりとかしてないよね……?」

「あー。まあ、なくはないですかね」

「嘘だろふざけんなよ!?早く帰らないとお前も」

「嫌ですよ」

「はぁ!?」

「手段と目的を転倒させるほど馬鹿ではないので」

 出来の悪い生徒を諭すように彼は言った。意味は理解できなかったが、アルバの中に僅かな猜疑と恐怖が芽生える。

「……なんでロスはそんなにボクに良くしてくれるの」

 果てない茫漠に埋もれようとしていたアルバを目覚めさせたのはロスだった。空っぽの少年に語りかけ、巨大な壁一面を埋めるほどたくさんの思い出を手渡してくれた。彼がいなければきっと自分は早々に発狂していただろう。けれど、アルバはロス以外のものを何一つ持っていない。彼の命を削り取る見返りを支払うことが出来なかった。罪悪感と他の少しで出来た靄が胸中に満ちていく。それを見透かしたように、彼は告げた。

「ド貧民のあなたに金品を要求したりはしませんから安心してください」

「たまに思うんだけどお前ってボクのこと嫌い?」

「はい!」

「うっわあいい返事」

 そこまで言うのならどうして。アルバの疑問は一層深まり、頭の片隅に冷たい塊が落ちてくる。聳える壁に隠されて、彼の表情すら窺い知ることはできない。分からないことは恐ろしいことだ。いつ失くすかさえ予測できないのだから。

 なんで、ともう一度問いかけると、独白に近い静かな応えが転がってきた。

「重くて嵩張るのに放り出すことも出来ない、鬱陶しいものがあるんです」

 その声に含まれている何もかもを、灰色の隔壁に濾過しつくして欲しかった。具体像を結ばない薄ぼんやりとした言葉はそれでも真実の破片を纏っていた。それは、ゆっくりとアルバに突き刺さり、閉じていた目を無理矢理こじ開けていく類のものだった。

「そもそも受け取らなければ幸せだったんじゃないかと思ったりもしたんですがね。かといって他人に渡すこともできないので、自分の魂に括りつけた上でそれを使って何度も生まれ変わってやりました。あなたに会いに来るのは、まあ、ストレス発散みたいなものです」

「……そっか」

 よく分からない、とは言えなかった。

「だから別に対価だのなんだのと面倒くさいことは考えなくていいですよ。後ろめたさがあると言うなら、まずここから出ましょう」

「それは出来ない」

 いつもと同じように答えると「知ってますよ」と鼻で笑われた。

 それからはまた彼が読んだ本の話を聞いた。思い出を抱きしめ輝きに縋る年老いた執事の物語、少女に魅入られ逃避行を企てるも現実に追いつかれる男の悲劇、影を失い世界の終りに閉じ込められるお話。ロスがこれらを選んだ意図はどこにあったのだろうか。

 やがて時間はやってきた。

「それじゃあ戻ります。しばらく留守にしますけど、お元気で」

「うん。……おやすみ」

 目覚める彼にそう告げた。

 二度と現れないだろう9人目を見送ってから、アルバは溜息を吐く。何もなかったはずの掌には今や重たい秘密が薄暗く光っていた。彼が抱える重い荷物、そして繰り返される転生の大魔法を支えている魔力の源。違っていてほしいという願いはきっと叶わないのだろう。自分はどうするべきで彼に何を言えばいいのか、アルバには決められなかった。

 ロスがくれたもので飾り立てた何もない壁。その陰になるように、アルバは天秤を隠してしまった。

 その右の皿にはロスの幸せが、左の皿には世界と自分が乗っていて、どちらに傾くことも出来ないでいた。

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