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ボクはそこにいると思っていたし、そこにいようとしたけれど、実のところそこにいるようにしてそこにはいないものだった。ものではなかった。貧なるものは幸いです、求めよさすれば与えられん、勇者のものは勇者の元へ。耳触りの良いことばの群れは本当に素敵だと思うけれど、ボクを少しも救ってくれず、むしろ足元を掬いにかかる。欲しいと叫ぶ声も無く、祈りを象る掌も無く、犠牲に捧ぐ我が身も無い。ボクにあるのは彼だけで、同時に、ボクがいるのは彼だけだった。
アルバはロスのイマジナリーフレンドだった。
勇者クレアシオンを可哀想だと思うかい。そんな風に聞かれたとして、彼の延長線上に身を置くところのご本人様は否定するだろう。にやにやするほどマジ切れしつつ冗談交じりの全力で。だけど、言葉と自己認識ほど信用ならないものはない。潜在意識やらナイトヘッドやら胡散臭い言葉は諸々あるけれど、ロスとかクレアシオンとかいう彼の自己憐憫に関して言うなら明確な証拠が存在する。ボクがここにいることだ。そしてどこにもいないこと。ボクは彼の砕け散った心を治してびりびりになった精神を繋ぐために生み出された。看護婦にしても機織り女にしても、普通は可愛い女の子を選ぶものではないんだろうか。色々思うところはあるが、まあ、向こうは向こうで色々あったのだろう。ボクはそれを知らされていない。知らずにいて欲しいと思ったから。彼が心の底から願ったら、ボクは従わない訳にはいかない。だってそういうものだから。
気付くのが遅すぎだという叱責に対しては、何の反駁も返せない。仰る通りです。ボクが馬鹿でした。もうほぼ全部手遅れだ。例えば首の勇者証がいつの間にか陶器から銀製に変わっていたりとか、ご飯を食べるのを忘れたりとか、時々記憶がぶっとんだりとか場面転換で怒りが消えたりとか。そういう巨大な積み重ねがあったにもかかわらず、ボクのバベルは塔にはならず、ばらばら崩れてその辺に落ちていた。耐震設計は大事っていう話。もしくは、その場しのぎのパッチワークを土台にしちゃいけないよ、と。自分では人型のつもりなのだけど、自分以外から見たらボクがどうなっているのかはよく分からない。キュビズムみたいなぐちゃぐちゃ野郎か包帯のとれた透明人間、もしくはかわいいカナリヤさん。ダミ声じゃないといいんだけど。
彼がボクを正確に、即ち非実在青少年として認識していたかどうかに関しては今もってよく分からない。彼はボクを勇者と呼んで、自らは戦士となって寄り添った。彼はあまりボクに触れたがらなかった。殴るときはとても楽しそうだったのだけれど、その拳にはどんな感触があったのだろう。眠りにつく前、隣のベッドからボクを見るあの赤い目、そこに宿った奇妙な揺らぎは何だったのか。知らされていないから、ボクはそれの名を知らない。ロスはアルバを好きだったのだろうか。好きだったならいいと思う。ボクを愛せたということは、即ち彼は彼自身を愛せたということだ。彼の友達であるところのボクは、彼の受け取る愛情が1グラムでも21グラムでも100キロでもなんでもいいからとにかく多くあることを祈っている。今に至るまで。絶え間なく。被造領分と所与の属性を超えたのだと錯覚できるくらい、強く強く強く。アルバはきっとロスが好きです。
だからボクは一歩を踏み出す。存在しない知覚によって触れられぬはずの大地を感じ、全身全霊で以て己を騙して知り得ぬことを知ったかぶりして無理の上に無理と無理を重ねて道理を捻じ曲げ真っ二つにし、アルバ・フリューリングを組み上げる。どんな手違いが起こったのやら、この世界から彼は消えたがボクは居残りを命じられた。そこでようやくイマジナリーフレンドは自己の属性を認識する。色々とおかしかったもんね。説得されて適応しちゃっていたけどね。虫が入り込んで初めて己の不存在を知るコンピュータ。虚構の井戸へ至る空白の森へ至る仮定の井戸。幻覚妄想のトモちゃんとエアに人権があるかは知らないが、というか多分ないけれど、自我がある以上は幸福追求権くらいは認めてくれてもいいだろう。ボクはロスを見つけたい。何かの間違いで切り離されてしまったボクのつくりぬしを探し出して、助けたい。そのためには力と体が必要で、だからボクは自分自身を否定する。
この存在を解体し、パッチワークを組み換えるのだ。空論の上の一秒を無限に分解して、嘘塗れの魂を食いつぶし、そして彼の勇者になるために。お前がいないところにボクがいるということがそもそもおかしいのだから、これ以上何かが狂ったところで大勢に影響はないはずだ。ほぼ全部が手遅れということは、つまりごく一部はまだ間に合うということだった。
ボクは目を開く。置き去りにされた想像力を突き返すために、独りぼっちで涙も流さず泣く男を慰めるために。砕け散り引きちぎられたものを修復するために。彼に好きだと伝えるために。ボクの好きな彼のために、彼を好きなボクを好きな彼のために、彼を好きなボクを好きな彼を好きなボクのために。自分自身のために。馬鹿馬鹿しい無限後退を蹴飛ばして、単純にお前と笑いあうため。
そのためなら、何を捨てても構わない。
自分自身であったとしても。