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追放の歌

 

 限りなく透明な湖の底で、千年と少し溺れていた。
 汚泥に顔を半分埋めているくせに水死体にもなりきれず、ただごぽごぽとか細い呼気を漏らして沈んで、落ちて、眠っていた。あまりに重い肉だった。浮かび上がることなど思いつきもしなかった。
 澄み切った青の中に見放され、足掻く意味さえ忘れて、そして忘れられていた。ぬめらかに照る黒ずんだ後悔で隠されるようにして、その中心に埋まっていたのはその実安堵であったのだろう。耳元では追放の歌が囁かれ、彼の旅路を投げ遣りに呪っていた。

 流れに乗らぬ瓶詰めの手紙。水底の砂のメッセージ。届かないことが大前提の滑稽な祈りはほとんど事故のようにして受け取られてしまった。

 アルバ・フリューリングは魚ではなく、況してや釣り人でもなかった。湖を呑む怪物だった。人の決めた美しい比喩の枠組みをその直向きな気軽さで以て薙ぎ払ってぶち殺し、ついでに鼻歌なんか歌いながら、最早ただ倒れ伏しているだけに成り果てたロスとその他諸々を一気に掘り出しほっぽり出した。怪物の癖に攫いも食いもしないのだった。さようならお元気で、いつの日にかまた会いましょう。
 しかしアルバは馬鹿だったので、片付け忘れた常識の死体に躓いて綺麗に転んで捕まった。シオンが泣き出す暇も無かった。
 あまりにも馬鹿馬鹿しかったから、手錠と鎖で雁字搦めの身体を引き摺り、一緒にそこまでゆっくり駆けた。追放の歌を歌いながら。湿った世界の外側にまで。
 二人の声は今もって揃わず、まるで異なる物語を互いに向けて聴く耳のひとつももっていない。それでもいいと思っており、いつかは届くと信じている。届かなくてもと笑っている。引き摺られるふりして駆けている。

 休みの国はまだ遠い。

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