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鋼鉄都市に酸性雨

 

 朝ごはんは鉄筋コンクリートです。ちなみに昨日は漆喰でした。

 硫酸カルシウム二水和物や酸化第二鉄やケイ素やアルミノフェライトや砂利が渾然一体となった絶妙に灰色の舌触りは案の定人間が食べることを一切考慮に入れていなかったし、思い出したように突き出ている断裂した鉄の棒はアルバの口内をズタズタにしようと躍起になっている。歯が欠ける衝撃と歯肉を襲う痛みに眉を顰めて、いっそ少々泣きながら、少年は必至の形相で朝食を平らげる。皿替わりの麻袋は木製のテーブルには不似合いだった。向かいに座るルキは重い動作で目玉焼きの黄身を潰し、溢れる金色の液を白身と絡めている。久々にベッドで眠れたはずなのに、朝一番から疲れ果てたような顔だった。

 自分のことで手一杯だったのと、それが毎朝のことであるというのもあって、アルバは少女のために顔を上げはしない。食というものから一番遠いところに座標を取ってしまったような硬い硬い建材を噛み砕いて、止む気配のない嘔吐反射をコップに満ちる液体で飲み下そうとした。どろりとした粘性のあるそれは水でもミルクでもなく、低粘性の建材製造用接着剤だった。低温になると硬化してしまうので、口内粘膜が焼け爛れるぎりぎりの温度で湯気を立ち上らせている。

 アルバは都市を飼っている。

 この世のどこにあるものよりも一等素晴らしい都市だ。諸々の事情から自身の目で見たことは無かったけれど、素晴らしいものに違いはなかった。ひとつ問題があるとすれば立地だろうか。

 よりにもよって都市は胃の中にあった。即ち、絶え間ない危機に晒されているということ。酸性雨。酸の海。アルバが生きてそこにあるというだけで、街は宿命的に腐食していく。都市を維持するためには改修しなくてはならない。改修のためには建材が必要となる。だからアルバは今日も今日とてコンクリートを食らうのだった。生コンクリートの方が摂食は簡単ではあるのだが、重さと形質の問題で持ち運びに適さない上に胃に落ち切る前に固化してしまい最悪の場合呼吸困難を引き起こす。一番適しているのはやはり固体のコンクリートだった。手に入らないときは煉瓦や木材や岩で代用しているため、もしかしたら都市は設計理念も統一性も忘れた何かに成り果てているのかもしれない。それでもアルバの都市は素晴らしいのだ。そうでなくてはいけなかった。

 たったひとりが住んでいた。入り組んだ建造物の群れの中で酸の雨を凌ぎながら、足場を飲みこむ胃液の海から階段を上って逃れながら。都市は都市として完結していて、設えられた出口は遥かに高い。羽を持たない彼は飛び去ることなどできないのだった。難消化性の鋼鉄都市は、腐り崩れ溶け落ちながらも決して流れ去ることなく存立する。

 太陽の無い街だから雨が止んではならないのだが、それにしたって建物の寿命は長い方がよいだろう。建材は値の張るものが多く、都市は鋼鉄でも少年の口内はそうではない。胃液を増やさない方法。食事と睡眠を中心とした生活習慣を健全に保ち、あまり怒らず、あまり悲しまず、あまり苦しまず、あまり悩まず、あまり不幸を感じずに生きてゆくだけ。アルバはもともと頭の良い方ではなかったので、自分が何を投げ捨てたのか理解していなかった。

 そんな彼であっても時々は考えるのだ。都市が胃の中ではなく他の所にあったのなら、と。心の中なら一番良かった。実在しない器官である以上如何なる害が生じることもなく、ただ穏やかに男を住まわせることができたろう。目の中や耳の中であっても、彼がアルバである以上結局は受け入れられたに違いない。けれど、実際に選ばれたのは消化と吸収のことしか考えていない臓器であって、生理反応に抗って街を維持するためには多大な努力と対価が必要だった。

 それでもアルバは都市を飼う。彼が最早そこ以外にはいないために。追いかける背はあまりに遠く、見失わないためには閉じ込める場所が必要だった。

 アルバはデザートに手を伸ばした。彼は控えめに言っても頭の良い方ではなかったので、この白く光る大理石が胃酸と反応して炭酸ガスを発生させるなど考えてもいなかった。

 二人きりの食卓に工事現場のような音が響いた。ルキの溜息はかき消されてしまった。

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